「捜索者」
●世代の断絶を超える凛冽!

捜索者.jpgジョン・フォードも遠くなりにけりの昨今でも、この西部劇を見逃すのはいかにも惜しい。その晩年の最高作であるとともに、ジョン・ウェインの西部劇役者としての枯淡の境地を刻印してあますところがない。そして、ヘンリー・フォンダの後継者と目されたジェフリー・ハンターがみずみずしい魅力である。

フォード一流の映像詩としてのカメラも淡々と美しいが、おなじみのフォード一家のアンサンブルに加えて、ナタリー・ウッドヤヴェラ・マイルズの存在もなかなかに魅力に満ちた、これは西部劇というジャンルさえ超えた人生劇にも昇華した出来栄えなのである。

捜索者2.jpgインディアンに一家惨殺をされたその復讐劇だが、重く暗いその怨念をさらに重層的に見せるのがジェフリー・ハンター、そしてコマンチ族の一員と化したナタリー・ウッド、その3世代が対立軸を明らかにしながら、その姪を銃撃しようとするイーサン・エドワーズと立ちはだかるマーティンの、遂に銃を構え合ったシーンこそがこの作品の主題を鮮烈にする。
自らの矜持を守れば守るほど、その時代にまみれた世代間の亀裂は深い。そのありようを刻印し尽くしたワンショットといえば、過褒に過ぎるだろうか?

捜索者5.jpg暗黙の許婚同士のマーティンとローリー、その掛け合いのユーモア、「そろそろぼくたち、ステディになってもいいんじゃない?」というマーティンに、あきれたように「私たち、3歳の時からステディよ」と返すローリー、全裸の行水を見られて恥ずかしがるマーティンを輪をかけてじろじろ見返すローリーの映像など、男と女のある典型を描き続けたフォードの、まさに面目躍如という莞爾たるシーンだろう。

復讐の底に流れるイーサンの家族への愛、断念を知る愛あればこそ、それを他人が斟酌するのさえハナから無理のような断絶の愛、それこそが世代それぞれが孕む生の実質なのであること、そんな凛冽な愛が底辺に流れる、これは至純の人生観照の映画なのでもある。
暗い室内からまばゆいばかりのドア越しの外景をとらえた、冒頭とラストショットの符合は、そんな人生劇をあえかに閉じ込めた額縁のようにも見える完成度である。
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捜索者11.jpg 捜索者15.jpg
捜索者」(THE SEARCHERS 1956/119分/米)
監督:ジョン・フォード
脚本:フランク・S・ニュージェント
撮影:ウイントン・C・ホック
音楽:マックス・スタイナー
出演:ジョン・ウェイン、ジェフリー・ハンター、ヴェラ・マイルズ、ナタリー・ウッド、ウォード・ポンド、ケン・カーティス
 
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posted by 映画貴族ニャン at 12:54 | Comment(16) | TrackBack(0) | 西部劇>捜索者

「心の旅路」
●愛とは、後悔しない献身!

心の旅路title 心の旅路3
その活躍の期間も短く、芸域もあるいは狭く、出演本数も少ない、しかしそれでいながらはまり役を持っていたのが、グリア・ガースン。
美人女優としてはいささか顔が大きく、それでいて気品も、整った顔立ちにも申し分がなく、役柄によっては際立った成果を示した女優、グリア・ガースン。

心の旅路13.jpgほぼこの女優の真価を示したと言えるのが「キューリー夫人」('43)と「心の旅路」('42)の2本。
監督のマーヴィン・ルロイは、これに「哀愁」('40)を加えて三大名作。まさしく愛と誠実が震えるがごとき名品たち。

当時としては存分に長い124分の「心の旅路」、その心の絵模様に心を寄せて、万感胸迫るラストシーンの法悦、あり得ないこしらえものと知りつつもその巧妙、その耐えに耐えたヒロインがようやくにして導かれる口元のおごそかな笑み。これに嵌らずなんにハマると言いたいほどの豊かな心象。ひなびた家屋さえ一瞬、薔薇色にも彩られるかの喝采。

心の旅路5いま見るとさほどの存在感にも見えないロナルド・コールマンが、その存在感のなさこそを逆手に取ったこの、やはりはまり役と言っていいだろう記憶喪失の大戦時被害者、主演の二人がまさに時代の写し絵のようなキャラクターで時代を耐えに耐える。

献身を演じてこそ随一、と言っていいのがグリア・ガースン。悲劇のヒロインとしてはいささか大柄にも見えるグリア・ガースンだが、その体躯こそが、献身の発露、忍従の礎、いまでは拒否されるだろうだけのこのことばも、この女優には珠玉のいのち。

理屈でそのドラマの成り立ちを揶揄することは易しいが、ここまで作りに造るその甘美、連れ去られる快感、クラシックとはこのこと、夢の在り処とはそこ、うれしいですね、しあわせっていいですねと、淀川さんも言ったか言わなかったか、それすらも楽しい想像の、莞爾たるラスト・シーン。
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心の旅路7 心の旅路
心の旅路」(RANDOM HARVEST 1942/124分/米)
監督:マーヴィン・ルロイ
脚本:クローディン・ウェスト&ジョージ・フローシェル&アーサー・ウィンペリス
撮影:ジョセフ・ルッテンバーグ
音楽:ハーバート・ストサート
出演: ロナルド・コールマン、グリア・ガーソン、フィリップ・ドーン、スーザン・ピータース

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posted by 映画貴族ニャン at 12:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛>心の旅路

「荒野の決闘」
●西部劇で書かれた抒情詩にして生活詩

マイ・ダーリング・クレメンタイン 
日本の巨匠、木下恵介も黒澤明も一番好きな映画監督として名前を挙げたジョン・フォード。そのジョン・フォードも遠くなりにけりですが、その原因の最大は西部劇がはるか遠く製作されることがなくなったからです。
しかし西部劇は忘れ去られてほしくない名作を奔出しています。その第一人者がジョン・フォード、そしてその最高作といっていいのが「荒野の決闘」('46)なのです。

ヘンリー・フォンダ西部劇を多く見る機会の無くなった方に「荒野の決闘」の、他の西部劇との大いなる違いに気づいてもらうのはなかなか至難と言えるのですが、簡単に言うと西部劇は多く活劇であるのですが、これは抒情詩、生活詩の一面が色濃く素晴らしいところ、と言っていいのです。

体裁こそ西部劇で史実を借りてもいますが、フォード映画の中で、動のジョン・ウェインにくらべて静のヘンリー・フォンダと言われたその静謐で寡黙な紳士像としてのワイアット・アープ、まさしくジョン・フォードが造型したワイアット・アープ、ヘンリー・フォンダが造型したワイアット・アープ、この以前にも以後にもこれ以上のものはないと言っていいワイアット・アープが見られることです。

荒野の決闘髭を剃りシェイクスピアを語りダンスに興ずる、ガンマンとして以上に生活感に満ちたワイアット・アープ、クラントン一家との対決の最後の活劇シーンすらが、静かで豊かな余情を感じさせます。

そしてその男の原像に対するに、ジョン・フォードの描く女性、肯定する女性はただひとつの類型と言っていいのですが、そのまた原像といっていいのがキャシー・ダウンズ演ずるところのクレメンタインです。その対比としてのヴァンプ=リンダ・ダーネルもいます。
ワイアット・アープとドク・ホリディしかも男同士の友情なり男の在りようを描いてきたジョン・フォードがここでもドク・ホリディとアープとの関係性で寡黙に語るところのものが優れて男の世界の原像とも呼べるのです。

実に多くの西部劇をいつも水準以上に仕上げたジョン・フォードですが、そこにはモニュメント・ヴァレーに代表される詩情が風物詩としての西部劇を定着させてきました。その中でもことに生活人としてのワイアット・アープの側面を、それとなく点綴したところがいつまでも忘れられない滋味を感じさせる作品の魅惑です。
この風景の中での、フォンダのエレガンス・ウォークと言われたその歩幅がまたさらに魅力なのです。
アープとクレメンタイン 荒野の決闘2
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荒野の決闘」(MY DARLING CLEMENTINE 1946/97分/米)
監督:ジョン・フォード
脚本:サミュエル・G・エンゲル&ウィンストン・ミラー
撮影:ジョー・マクドナルド
音楽:シリル・モックリッジ&アルフレッド・ニューマン
出演:ヘンリー・フォンダ、ヴィクター・マチュア、キャシー・ダウンズ、リンダ・ダーネル、ウォルター・ブレナン、ワード・ポンド

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posted by 映画貴族ニャン at 17:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 西部劇>荒野の決闘

「ある日どこかで」
●映画だけが叶える至高の愛!

ある日どこかでV7.jpg恋愛も積み重ねてきますと、だんだん贅沢になって、帯に短し襷に長しの具合になってきますが、この世に、もはや至高の愛はないかもしれぬ、そんな想いにかられたら、ぜひ見てもらいたい恋愛映画、とでも申しましょうか。

あるいは、あれこれスターに恋い焦がれて、そのスターとの恋愛が可能なりせば、さだめしこんな具合ではなかろうか、と類推もできる恋愛映画、とでも呼べるでしょうか。
いずれにせよ、現世にはない至高の愛にひととき飛翔できるのが「ある日どこかで」('80)なのです。まさしく映画が夢の具であるなら、この作品など、まこと上等な甘味も隠し味も備えたスウィーツ、ということができます。

ある日どこかでU5.jpg企画段階で一度暗礁に乗り上げ、それでも製作にかかれたのは「ジョーズ2」('78)のヒットのご褒美、それでも予算は当初あてにしていた半額というスタートだったようです。しかし、スタッフ・キャストが乾坤一擲、チームワークよろしく創意工夫、珠玉と言っていい奇跡の作品となったのがこの作品です。

ヒーローはスーパーマン=クリストファー・リーヴだったから、良かったのかもしれません。非現実な空間、荒唐無稽に陥りかねないタイムトラベルのお話を、確かな実在で示してくれたのです。ヒロインがまたこの作品でその美貌を刻印したジェーン・シーモア、この作品こそが名実ともに彼女の代表作となったのです。

ある日どこかで8.jpgホテルに飾られた一幅の写真に魅入られるまま、その女性が現役の女優として活躍したその時代にトリップしたくなったとして不思議ではありません。その美しき女性がいま老婆となって、彼の掌に懐中時計を握らせ「戻ってきて!」と囁いたのですから。

この構図こそ、実は映画を観る映画好きの、映画に入り込むことわりの、シンボライズと、言えないでしょうか。映画はいつも美しき女性(男性)に似るのですから。そして、ある世界への旅立ちとその記憶に充たされる時間なのですから。
「Come back to me」そのことばに飛翔する男の心に、わが意も得たりという感覚です。ほんの些細な不注意で、その夢が、遠く飛び退る瞬間こそ、映画の白眉とも言えます。その失意は、もう映画を観ることができないような失意とも重なります。

しかし映画にだけ、この至高の愛は在り、幾度も繰り返し観ることが可能なのです。
映画に幸あれ!です。
ある日どこかで13.jpg ある日どこかで12.jpg 人気ホームページランキングへ
ある日どこかで」(SOMEWHERE IN TIME 1980/103分/米)
監督:ジュノー・シュウォーク
原作&脚本:リチャード・マシスン
撮影:イシドア・マンコフスキー
音楽:ジョン・バリー
出演:クリストファー・リーヴ、ジェーン・シーモア、テレサ・ライト、スーザン・フレンチ、クリストファー・プラマー

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posted by 映画貴族ニャン at 16:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛>ある日どこかで
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