
時代に翻弄され崩れ去りそうにもなりながら、ひっそりと寡黙に耐え、その矜持を守り育てる男と女。
その、男と女がまことにいい。レイフ・ファインズと、ナターシャ・リチャードソンである。
ナターシャはトニー・リチャードソンとバネッサ・レッドグレイプの娘、と言っても、もうこの作品のとき42歳。代表作のひとつは間違いのないこととなろう「上海の伯爵夫人」(2005)の臈たけた美しさである。

そのふたりの見事にストイックな想いを底辺に据えながら、まさしく占領軍に違いない日本軍人の軍靴の響きを控え、その時代に翻弄されかかろうとする刹那の時代……。
なるほどクリストファー・ドイルの映像か、起伏の少ないドラマを大きくその映像の甘美が、内なる起伏を演出する。しかも原作オリジナルシナリオがカズオ・イシグロ、そのイシグロ作品映画化に地味ながら着実な絵模様を仕上げてきたジェイムズ・アイヴォリーの、内面の緊張が見事に点綴される、英米独中合作の名品。
こんな時代の不安と、定点を持たぬ人の心を、たゆたうように示した映画を見ると、日本映画も満映時代を背景としてよもやのエピソードを紡ぎ出せないものかと想う。(願う!)
そんなことも感じてしまう、これは豊かな、或る時代の抽出である。
人はいかなる時代においても、誇りを払底しては生きられぬあえかなる存在、そのギリギリの心理的拘束がむしろ典雅にも覚える、これは時代と人とのせめぎあいの、内なる豊かな証言。


「上海の伯爵夫人」THE WHITE COUNTESS(2005/136分/英米独中)
監督:ジェームズ・アイヴォリー
脚本:カズオ・イシグロ
撮影:クリストファー・ドイル
音楽:リチャード・ロビンズ
出演:レイフ・ファインズ、ナターシャ・リチャードソン、ヴァネッサ・レッドグレイプ、真田広之
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