お正月を迎えてまた見たくなる作品こそがこの「細雪」。幾度かリメイクが施され、それは看板女優の顔見世としても格好な題材であったことがしのばれ、その時々の代表的な女優が出演している歴史もある。
だが、遂に決定版というべき仕上がりがこれ。90歳を超えてなお新作が上映されている市川崑、畢生の名作がこれ、しかもこの作品が封切られた'83年以来、この作品を超える日本映画は無い、と断言したいほどの見事な仕上がり。
市川崑監督作品の中でもとりわけそのフォルムが微動もせぬ端正な造形美で輝くこの作品。もともと文芸作品にその技量を尽くした市川崑の、おそらく頂点といってもいい素晴らしさである。お正月に見たくなるのはまさに日本文化の香気と美術が馥郁と画面の隅々まで染み通っているからである。そのボワッとした日本の家屋の捉え方を見よ! 同じ谷崎の「陰影礼賛」の、これは映画化でもあるだろう。
その背景を、華やかに、舞い、散る、桜さながら、その技量の極みはここに頂点を迎えた感で、全編の京の桜の華やぎと等量の、その静けさも掌握して、開巻からタイトルが示されるまでの導入の約10分、クロース・アップの切り返しと場面全景を静かに投入する映画の呼吸の何たる自在、そして、桜と、雨もよい雨上りの、かすかな音に包まれて始まるクレジットの絢爛たる、実は映画技術満開の趣のスタート!
まるでピアノ・コンチェルトの序奏部分、これからピアノの登場を迎える、その期待を存分に盛り上げての導入。
……人物関係、それぞれのおかれている立場、性格、さらには孕んでいる問題までを静かにさりげなく提示して、しかもそれらを包んでいる情景も捉え、無駄なくゆるぎない自負さえ覚えさせて指し示される……まるでそれは野球で言えばバットのひと振り、或いはその直前のテイクバックの部分と言おうか、ホームランの予感さえ早くも湧き上がるように感じる、映画の至福の導入のお手本といいたい酔い心地である。
フィルムが流れスクリーンに映し出される吐息のような息づかい。
映画の観客にとってこんな幸福な瞬間はない。もう幾度も見ているのに、心に我知らず、感嘆のため息を漏らす。
花舞いの古都をバックにクレジットが終わると、「こいさん、頼むわ」と、幸子が妙子(古手川祐子)に、まさに小説の書き出しそのままのファーストシーンが始まると、既に作者への信頼と安息が心に満ちて増幅しているような案配、なのである。
いささか冒頭15分ほどの映画的快感に酔い過ぎかもしれない。
しかし、この映画の素晴らしさはこの導入がすべての鍵、である。
「風と共に去りぬ」('39)のリメイクが愚行であるように、これ以後、「細雪」のリメイクもまた愚行であるだろう。
そのくらいの達成、それ以上の感嘆、――映画的実力である。
ほとんどセリフのない、身ひとつで映画全体の重量を支える、いつもよりやや太ったかの風情が、いっそうこの胆力の坐った日本の伝統的女性のありようを明確に提示してみせる、お見合いの相手、やがては結婚に至るであろうその相手を江本孟紀が演じているのも、端然たる余力といいたい桜吹雪である。
女性文化でもある日本の、その華やぎに隠れながらも伊丹十三、石坂浩二も如才なくその中を踊る風情がいかにも関西の風趣を伝えて、映画に厚みを与え、爛漫と散り匂うその桜吹雪にあくまで拮抗しうる美的心象の、あえかな実在こそ、実はあでやかなこの映画の見ものなのである。
結婚という事象をを軸にしていくつもの名品を残したジェイン・オースティンが見ても、遠きこの島国にお見合いという風習を発見するだけでなしに、大いに快哉を覚えるに違いないのである。
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「細雪」(1983/140分/東宝)
製作:田中友幸&市川崑
監督:市川崑
脚本:日高真也&市川崑
撮影:長谷川清 美術:村木忍 音楽:大川新之助&渡辺俊幸
出演:岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子、伊丹十三、石坂浩二
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高峰秀子主演の新東宝版(監督阿部豊)、京マチ子、山本富士子らの大映(監督島耕二)のも見ていますが、市川の作品が一番良く出来ている。
しかも、石坂浩二の吉永小百合への秘めた思いを通し、全体として日本の「家の崩壊」を見事に描いている。
また、桂小米朝や江本猛紀など、意外なキャスティングもすごい。
市川崑も、『47人の刺客』のようにつまらない映画もあるが、概ね素晴らしい。