「妻は告白する」
●抜き差しならない愛に、人は可能か。そして……愛も。

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日本映画は別に忌避しているわけではないんですが、見ると失望の確率が高過ぎて、敬遠することとなっています。マメに観るくらいに回復してくれれば嬉しいのですが……。
しかし、以前からそうだったわけではなくて、日本映画も豊穣な土壌であったことがあるので、ここではその時期の日本映画をピックアップすることとなります。

その最初の1本は、その死から日本映画からいささか遠ざかったといっていい、日本映画史の中の至宝、増村保造監督作品の1本。「妻は告白する」。
若尾文子という女優が数々の増村保造作品の主演女優としても燦と輝く1本。日本映画は古くなると保存状態が悪くて、脱色、霙混じり、フィルムの跳び、ともかく満足な作品の評価など無理というようなケースが多いのですが、このDVDはかなりましな方でもあります。

増村保造については、フィルムアート社の「シネマ・ワンダーランド」という単行本に寄稿した『増村保造/或いはイタリア的情熱の復権について』という作家論に譲りますが、ふだん軽い洒落のめしたような映画に慣れていると、いささか重い、かもしれません。

しかしその重さは、人が生きる重さにもつながっていて、ここには人が生き、そして人が愛する、その深さと重さが重奏するように胸に迫ります。
すべてが便宜になってしまっような、お手軽な恋や愛の時代とは違った、まだ貧しき日本が舞台で、こんな粘着質で、しかも恐ろしいほどの、まっとうな愛が、日本映画に描かれていたのです。

若尾文子の濡れて糸を引くような声で発する愛の言葉が、鬼気迫ります。このヒロインは、女優の力量と素材が、まったき調合を経た奇跡の例というべき完成があります。愛されたいと思っていようと、これだけ愛されて、人はどうして逃げ腰になるのでしょう。

その不可思議な人間の心の内実に迫る映画として、これ以上はありません。
氷壁にぶら下がるナイロン・ザイルに上から恋人(川口浩)、ヒロイン(若尾)、パトロン(小沢栄太郎)。
その重みは上に行くほど重いわけですが、下の重みを支える恋人の苦痛を見て、ヒロインはスグ下にいるかつてのパトロンを見捨てるが如く、ザイルを切断する。

パトロンと言ったって、そこで働いているときに手篭めにされ囲いもの、そんなありがちな貧しい関係ですが、しかし、年齢相応の恋人への想いもこのあたりから、徐々に世間という常識に指弾されていきます。
裁判があり、その想いをうっとおしくも恐ろしく感じ出した恋人は、その常識の方に絡め取られていきます。
抜き差しならない愛に、人はどう応えるのか。

映画の凄いところは、その主題と切り結ぶ如く、ヒロインの嘘のないひたむきな愛を、ひとつの実験のように、剛速球で試しているところです。
常識的には、こんな女は、ここまでする女は、いない、と安心するのでしょうか。それでは愛とはなに?

そんな作品です。スタンダールがイタリアの愛に感じた如く、その地のイタリア国立映画大学留学の、満々たる成果さえ覚える、増村保造の、そのスタイル、そのテーゼが、脈々と連なって来たフィルモグラフィの中でも極北、と言っていい位置に達した、見事な人間劇です。

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「妻は告白する」最廉価へのリンク!

妻は告白する」(1961/91分/大映)
監督:増村保造
脚本:井手雅人
撮影:小林節雄
音楽:北村和夫
出演:若尾文子、川口浩、小沢栄太郎、馬淵晴子、根上淳

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posted by 映画貴族ニャン at 15:55 | Comment(1) | TrackBack(1) | サスペンス>妻は告白する
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