「愛の風景」
●閉じ込められた、濃密な、ある人生の空間!

愛の風景・サムエル 愛の風景・ベルニラ

脚本がイングマール・ベルイマン、そこにこの映画「愛の風景」の仕掛けの大きな部分が隠されているだろう。
もし「ある結婚の風景」('74)というなんともすさまじい夫婦のやり取りを見ていれば、ベルイマンの素晴らしさより、そのやり取りのすさまじさにやや辟易して二の足を踏むかもしれない。けれどもこれはちと味わいが微妙に違う。

愛の風景・仲直り実は自身で監督をしなかったために、絶望の彼方にさえ真実を見ようとでもするベルイマン嫌いの方にも、程よく仕上がった部分が大いにあって、しかもそのベルイマンの脚本の力量を損なわずに、泰然たるテンポで、青春から遠く中年までを生きる夫婦と、その女の側の両親との世代の隔絶を踏まえながら、しんしんと染み入る人生の味、なのである。

その味わいを知るに3時間はちっとも長くない。3時間が必要絶対条件の、まだこの夫婦の先が見たいと思わせながら寸断するように終わる、その終わり方も素晴らしい。

若い男女が周囲の反対で別れを余儀なくされ、それでも時を置いて結婚までこぎつける。成長過程で家庭的には恵まれなかった男と、存分に両親の庇護を受けた女との、実に過不足の無い、ふたりの背景の描出といい、静かに、しかし、重く流れる時間に裏打ちされた画面の切実さには胸を打たれる。

愛の風景・マックス・フォン・シドーこの若いふたりに、きっちり存在感のある姿勢で対峙する年輪を加えた大人たちがいずれも脇を固める名演で、結婚してからのふたりの衝突や修復が人生の生きた時間として次々と点描されるさまに、観客はいちじるしい昂揚の時を過ごしてしまう。

ここにはヨーロッパの風土そのものの歴史の重さや、ちりばめられる家具調度すらが密度濃く莞爾たる舞台装置となる。
派手はでしい事件などどこにも無くても突き刺さる人生の真実が人を立ち止まらせる。
それぞれの挿話に緻密な説得力があり、大人の世代にも存分の言い分を構えさせ、片手落ちで無いせりふが丁々発止と飛び交う。

映画の始まりの以前にも人の歴史が携えられてあり、映画の終わりのその以後の時間が、なお予断を許さない展開で予感される‥‥これはそんな重層的な手応えの映画で、映画の長さがそのまま人生の永き苦闘の時間と置き換えられるが如き重さなのである。

愛の風景・夫婦 

愛の風景」DEN GODA VILJAN('92スウェーデン=デンマーク=仏=英=独=伊=ノルウェー=フィンランド=アイスランド)
監督:ピレ・アウグスト 
脚本:イングマール・ベルイマン
出演:サムエル・フレイレル ベルニラ・アウグスト
   マックス・フォン・シドー ギタ・ナーウ
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posted by 映画貴族ニャン at 16:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生>愛の風景
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