「ひまわり」
●静と動、溢れ返る感情を殺した名演!

「ひまわり」タイトル
観るたびに目頭が熱くなり、それも覚悟しつつ、また観たくなる作品という在庫がいくつかあるけれども、「ひまわり」('70)もそのひとつで、その理由の多くはリュドミラ・サベリーエワに負っている気がする。

「ひまわり」リュドミラもちろんイタリア映画で、マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンの見事な主演作品であるけれども、もしリュドミラ・サベリーエワのロシアの挿話がなかったとしたら、これほどの映画の厚みは生まれなかったに違いない。いかにもたくましいソフィア・ローレンに対峙して、少しも位負けせず、芯の強さをその身全体でこらえるかのように含んだ、リュドミラのたたずまいというものは、ほんとうに繰り返し見るに値するものなのであった。

「ひまわり」リュドミラ2或る意味では不条理で他動的なトライアングル・ラブ、しかしその底辺をなすソフィアとリュドミラの万感の想いこそ、映画の見どころというべきだろう。
酷寒の地で行軍をしながら行き倒れの、瀕死のマルチェロを身ひとつで引きずるリュドミラの、途中息を継ぐように「ようやくここまで来た、あともう少し」とでもいう、静かでうっすらと浮かぶ微笑のぬくもりの、なんと美しいことだろう。

そして凍りつくような寒さと対比するにひまわりがこれほどふさわしい輝きを見せるとは、改めての映画の発見といってもいいものだ。戦争が生む不条理というにとどまらず、あの時こうもできればという後悔も反復も入り込めない人生の不条理を、かほどに卒然と示した映画も稀だろう。
「ひまわり」マルチェロとソフィアの再会その不条理に3人3様、それぞれの互いの立場を知りつつ、どうにも抑えきれぬ感情の波立ち、思い返されるイタリアでのふたりの青春の歓楽、そこにも大ぶりで絢爛と咲く、まさにひまわりの大輪、ソフィア・ローレンの輝きがあった。

静と動のそれぞれの魅力を携えながら、リュドミラとソフィアが対峙する画面の緊迫を観るたび、超えられない事実、やり直せない現実の苦い重さにこそ対峙しているのだと、改めて気づく。
その思いを携えてヘンリー・マンシーニの主題がすべてにかぶって行くのだ。

「ひまわり」互いに涙する
ひまわり」I GIRASOLI(1970/107分/伊)
製作:カルロ・ポンティ ヴィットリオ・デ・シーカ
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェザ−レ・ザバッティーニ トニーノ・グエッラ ゲオルギ・ムディバニ
撮影:ジョゼッぺ・ロトゥンノ
音楽:ヘンリー・マンシーニ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレン、リュドミラ・サベリーエワ 
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posted by 映画貴族ニャン at 14:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生>ひまわり
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